人は欠点もありますが本質的に、誠実で、能力も意欲もあり、そして何よりこの世に生を受けた以上、かけがえのない存在なのです。
この考えにあなたは同意できますか?
他人のことを『あいつはだめだ』と切り捨てる人がいます。
『ダメな人』なんか一人もいません。ただ、その時の行動がまずかっただけです。
遅刻したからといって、その人が不誠実で、意欲のない人というわけではありません。
人の人格を決めつけてしまうことを『ジャッジメント』といいます。
ジャッジメントをすれば
人は瞬時に心を閉ざしてしまいます。あなたが遅刻したときに『君はルーズな奴だな』といわれたらどう感じますか?
人間に他人の人格を否定する権利などないのです。
相手を価値ある大切な存在だと心から思っていれば、言い方は全く違ったものになります。
『君が誠実な人だと言うことは僕はよく知っているよ。そんな君が遅刻するとは君らしくないね。』
どうでしょうか?
全く違いますよね。
『相手の存在を認めた上で相手の成長のために必要な指摘をする』
人のことを認めたり、信じられないという人は、往々にして自分のことを認められていない。
自分を認めたり、信じられないという人は、人間という存在を信じられない。
だから人はまず自分自身を認め、信じる必要がある。
※本文抜粋
もう僕の心の琴線にふれまくりましたね。
私事になりますが小学生の頃、父が家族を捨てて家を出て行ってから僕は『人を信じる』事ができなくなった。
一番信じていた家族が僕を裏切っていた。だから人を信じる事をやめた。どうせ裏切られるくらいなら信じなければいい。子供心にそう思っていました。
心を閉ざし友達にも心を閉ざすようになり次第に口数も減っていった。だから昔の僕を知っている人は『暗い人』『いつも一人』って思っているだろう。
社会人になってもそれは変わらず心を閉ざし続けた。数年前体調を崩した。いわゆる『うつ病』になってしまった。
その時に『こんな人生でいいのか?こんなつまらない人生でいいのか?』と思い、とりあえず自分はだめな人間だから人間力をあげないとだめだと思いありとあらゆる本を読みあさった。そこである一冊の本と出会った。
四角大輔氏の著書『自由であり続けるために20代のうちに捨てるべき50のこと』
もう衝撃が走りました。当時28歳の自分に向けて書かれた手紙のようにメッセージが心にすべて届いた。
ぜひ今人間関係や社会に適応できない人、もやもやしてる人に読んでいただきたい本です。
今も100%信じられる人がいるか?と聞かれたら妻を含め四人しかいない。
四人もいれば十分なのかもしれないけれど。
読書をとおして日々成長しているのを自分でも感じています。
自分自身を認め、信じることはできるようになった。
でも僕は他人を『ジャッジメント』してしまう。
先週のブログ記事
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=988517531279511&id=551281921669743
強烈なジャッジメントをしてしまいました。
ジャッジメントをしてすぐに心を閉ざしてしまった。
あの業者はダメだと。
『相手の存在を認めた上で相手の成長のために必要な指摘をする』
べきだったのか…
少し考えてみます。
まずは『相手の存在を100%認めてあげる』ことを意識してやっていこうと思います。
kajiji
freepeace代表
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